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 ■■ お花屋探偵みゆきちゃん(問題編) ■■
「いらっしゃいませー」
道路の向こうにまで響く元気のいい挨拶。
薺深雪(なずな みゆき)は、この辺りの人間ならだれもが知っている花屋の看板娘だった。
そして、この辺りの人間ならやはり知っている青年が花屋に顔を出す。
カクリッヒ・アツミハルト。
近所に本社ビルをもつ、ミトーファイナンスジャパンに勤めるドイツ人青年である。
「深雪さん、こんにちは」
「あ、カクさん。いらっしゃいませ。今日もお客さんだよね?」
「はい。何日か前にお願いしていたフラワーアレンジメントを受け取りに来ました」
「はーい。ちょっと仕上げしますので、少々お待ち下さい」
深雪の口から出るのは営業フレーズだったが、おどけたその口調は親しい身内に対するものだった。
カクのほうも、眩しい物を見るような、それでいてとても優しい表情で、深雪の作業を見守る。
「昨日は病院で今日はレストランのオープンだっけ?カクさんも大変、大忙しだね」
「いえ、それ程忙しいわけではありません。……会長さえふらふら何処にでも行かなければ」
実に真面目な顔でそう答えるカクに、深雪は笑顔を見せる
「やっぱり忙しそう」
「そうでもないですよ」
話しながらも手は止めずにすいすいとアレンジを仕上げて行く深雪の仕事を見ながら、カクは半分無意識に話し始めた。
「深雪さん、菊と言うのは葬儀用の花なのですよね?」
「んー、葬儀用……っていうのかな、確かに仏花に多いけど、単純に菊を愛でるために育てる愛好家も沢山いるし、
 鉢植えで立派なのはお値段も結構するよー。」
「そうですか。でもさすがに病院に持ってくるのはよくないですよね…」
「え、病院?」
流石に深雪の手も一瞬止まった。
カクはハッとした表情を浮かべ、首を横に振った。
「あ、いえ、たいしたことではありませんから、お仕事を続けて下さい」
「そんなこと言われても、気になるよ。よければ話して」
「はい……実は、昨日行った病院で……」

その時、総合病院のロビーにカクはいた。
会長の知り合いが入院したということで、会長の御見舞いに同行したのである。
病室が広くないという理由から、会長は同僚のスケサヴァンニだけを伴い、知り合いの所へ向かった。
自然カクは入り口近くのロビーで休憩中、といった形になった。
ぼんやりしているカクの横で、かさりと誰かが椅子に座った。
何気なく、だが素早く、そちらを眺める。
三人がけの椅子の反対側の端に座ったのは、パジャマにカーディガンを羽織った女性だった。
40歳前後だろうか、パジャマ姿ということはこの人も入院患者なのだろう。手に大きな花を持っているし……
そこまで考えて、カクはその手の花に違和感を覚えた。
それは大輪の菊の花だったのだ。
カクの知識では、確か日本では葬儀用として使われていたはずの。
不思議そうな視線に気づいたのか、女性はぺこりと頭を下げた。
カクも頭を下げる。
しばらくして、女性はカクに話しかけて来た。
「あの……御国はどちらですか?」
「あ、ドイツです」
「そうですか……」
女性の返事に、ほんのわずかな落胆を感じたカクは、その後どう話を続けていいものか、思いあぐねていた。
それを察してか、女性がにっこりと微笑みかける。
「ごめんなさい、変なことを聞いて」
「いえ……」
慣れています、とは言わなかった。
「これね、息子が持って来たの。でもね、病人にはねえ……」
女性は菊の花を暗い表情で眺めている。
「普段会話が出来ないのがいけないのかしら」
「……息子さんは、何歳なのですか?」
ふっと考え込む目線を見せてから、女性は答えた。
「中学3年生よ。思春期なのかしらね」
それから女性は、ぽつぽつと息子について話した。
半年ほど前に結婚した相手の連れ子であるということ。
普段の会話が全くないこと。
「体格はとてもいいの。背も高いし。そうね、貴方にも似ているわね」
そして、最後に小さくふうとため息をつき、女性はその場を去った。

「……と、こういうわけなんです」
「ふぅん……」
アレンジを完成させた深雪は、ちょっと考え込むしぐさを見せた。
「えーっと、あ。カクさん、ちょっと待ってね」
「はい」
そう言うと深雪はパタパタっと店の奥に走り去り、すぐに一冊のカタログを持って戻ってきた。
「ねえねえ、カクさんが見た菊って、この中にある?」
深雪が開いたページには、マーガレットの様などちらかというと平たい小菊の写真が沢山並んでいた。
一通り目を通したカクは、小さく横に首を振る。
「いいえ、こういったものではありませんでした。もっと花の部分が球体に近い、菊でした」
「てことは……」
深雪はぱらぱらとページをめくり、別の部分を見せる。
「こんな?」
「ああ、こんなです」
カクは直ぐにうなずいた。
「厳密にはもっと大きくて、色が白かったように思います」
深雪が開いたそのページには、大輪の菊が載せられていた。
嬉しそうなカクの横で、深雪の表情はさらに困惑していく。
「そっか……うーん……あるわけないのに……」
「どうかしたんですか?」
「ん?えーっと」
一呼吸置き、少し頭の中を整理してから、深雪は考えていることをカクに伝えることにした。
「一般的な話だけど、この菊は、9月から10月ごろに咲く花なの」
「今は、5月……ですね」
「そう。全然時期が違うのよ。専門店というか、手に入るルートが無くは無いと思うけど、反抗期の中学生がそれだけのためにそんな手の込んだことするものかな?」
「どうでしょうか」
スケさんならやりかねないな……とカクは一瞬思ったが、今求められている答えではなさそうなので、脳内で打ち消した。
「やらない、という答えが一般的であると思います。費用対効果が薄い……断言はできませんが」
「そうよね……なんでだろ」
悩む表情の深雪を見て、つまらないことを話してしまったとカクは後悔したが、今更仕方が無い。
さらにフラワーアレンジは出来上がっており、先方に届ける時間も迫ってきている。
「すいません、深雪さん。そろそろ出発しなければいけませんので……」
申し訳なさそうに切り出したカクの声に、はっとした深雪はいつもの笑顔に戻った。
「ごめんね、今日のは会社分?」
「はい」
「はい。了解です。ありがとうございましたー」
ふんわりとしたビニールで包まれた、黄色い花を主体としたフラワーアレンジが深雪の手からカクに渡された。


……どうしてこうなったのだろう……
たまの休日のこの日を、なぜか病院のロビーで過ごしていたカクは、自問のため拳を額に押し付けていた。

レストランのオープン祝いの花を届けた後、帰社したカクは、スケの「おい、お前何かやったのか」の一言に驚愕した。
そして、その些細な狼狽がスケの疑惑を確信に変えてしまったのだ。
カクは仕方なく花屋での深雪とのやり取りをスケに説明した。
「そりゃ、いかんな」
「ええ。つまらないことで深雪さんを困らせてしまいました……」
「馬鹿、ちがうだろ」
「え?」
「その病院にいた御婦人の方だよ。お前、せっかく知り合いになったんだから、その傷は癒して差し上げないと」
「は、はあ……」
「カク明日休みだったよな?」
「はい」
「よし、じゃあ俺も休み取るから、その病院に連れてけ」
「はい?!」

スケさんが女性に対してだけあまりにも寛容で優し過ぎるのがいけないのか?
いや、スケさんが自分の表情を読み取る技能が高過ぎるのがいけないのか?
いやいや、スケさんの行動力と決断力があり過ぎるのがいけないのか?
しばらくしかめっ面をしていたカクだったが、どれも責任転嫁なのはカク本人が一番よく分かっていたし、自身も例の女性のことが気にはなっていたので、そのうち頭を切り替えて、これからどうするかを考えるようになった。
丁度そこへ、小さな花束を買ったスケが戻ってきた。
「お帰りなさい。……花なら深雪さんのところで買えばいいじゃないですか」
「んー、まあ、ここでも花売ってるの知ってたしな。で、御婦人の病室は……」
「あ」
カクがスケの言葉を遮るように声を出す。
その視線は自分の肩を抜けてその後ろに向けられているようだ。
振り向いたスケは、小さく会釈するパジャマ姿の女性を見た。

「先日はどうも」
自らを田町紀子と言ったその女性は二人に向かって頭を下げた。
「今日もお見舞い?」
「いえ、今日は……」
何やら言い難そうにもごもごと口籠るカクの横で、スケはすっと手にしていた花束を差し出した。
「こいつに貴女のお話を聞きまして。何かお困りのことがあれば微力ながらお力添え出来ないかと思った次第です」
「あら……それはどうも。でも、大丈夫。特に困っているということではないのよ」
花束を受け取り、紀子は微笑んだ。
「外国の人は優しい人が多いわね。息子もそうだとよかったんだけれど……気にしてくれてありがとう、アツミハルトさんと……」
直後、スケの方に向けられた視線。
スケはパタパタと手を振った。
「俺のことはスケ、と。こいつはカクでいいですよ。有名なサムラーイの名前なんですよね?」
「ええ、そのとおり。面白い偶然だと思っていたところだったの。スケさんに、カクさんだなんて」
くすくすと紀子が笑うのを二人は嬉しそうに見ていた。
実際、スケとカクはこの名前で日本人に対してとてつもないアドバンテージを得ている。
何より一度で名前を覚えてもらえる上に、たいていの人はそれを好意的に捉えてくれるからだ。
「本当に、どんな些細なことでも構いませんよ。日本ではこういったきっかけで仲良くなることを尊い、とされるんですよね」
カクの言葉に、紀子は頷いた。
「袖すり合うも多生の縁……かしらね。ああ、そうだ。だったら一つだけお願いしたいことがあるのだけれど、いいかしら」
「「なんなりと」」
綺麗な和音に、紀子は再び微笑んだ。
「実は、自宅に亭主が管理する小さな温室があるの。そこのライトとか暖房とかがきちんと切れているかが気になってしまって。亭主は丁度出張で戻れないから……様子を見て来てほしいの」


夕刻、スケとカクは紀子に教えられた住所を探し、住宅地を歩いていた。
「えーっと……多分ここ、ですね」
レンガ造りの低い塀に囲まれた家の前で、カクは足を止めた。
スケのスマートフォンに示された地図も、ここで正しいと言っているようだ。
表札には大きく[TAMACHI]と書かれていた。
目指す温室は、紀子から聞いていたとおり、家の庭を突っ切って一番奥のところにあった。
「思ったより立派な温室ですね」
「旦那さんの趣味って話だったよな。結構な凝り性みたいだな」
温室は簡単なビニルハウスの形をしており、中はさまざまな植物でいっぱいだった。
「スケさん、花とか詳しいんじゃないですか?」
「あー?花屋に並んで咲いてる奴ならともかく、こんな葉っぱや茎見たって何だかわからんぞ。深雪ちゃんじゃあるまいに」
「そうですか」
「そ。俺は植物が好きなんじゃなく、花を贈って喜ぶ女性が好きなんだよ」
至極もっともな回答を得て、カクは素直に頷いた。
「しかし、暑いですね。暖房は切れていないのでしょうか?」
「いや、ライトはついてないし」
スケは頭の上の方をきょろきょろと見渡す。
「ああ、やっぱり線は外に出てるから、見るべき機械はハウスの外だろうな。俺見て来るわ」
「お願いします」
カクは何となく温室の中を見て回っていた。
不意に見覚えのある花が目に飛び込んでくる。
紀子が持っていた白い菊と同じものが何本か鉢植えで育てられているのに気が付いたのだ。
一本だけ茎の途中から切り取られている。
紀子の息子が病室にもって来たのはコレのことだろうか。
鉢植えをもっと詳しく調べようとカクはその場に屈み込む。
茎と根だけが残されているその鉢には小さなネームプレートが差し込まれていた。
「え?……ふれ」
その時だった。
『You OK?!!』
(大丈夫?!!)
大きな叫び声が響いた。
布のようなもので顔の下半分を隠した青年が、ハウスのドアを大きく開け放つ。
彼は、ぱっと立ちあがったカクの姿を見て、酷く驚いた様子を見せた。
明らかに狼狽しているようだった。
そこへ、横からやって来るスケの足音。
青年はすぐそれに気付き、そのまま玄関の方へ走り去った。
「カク!」
青年が開けたドアからスケが走り込んで来る。
「スケさん」
手を膝に当て、肩で息をするスケは呼吸の合間に尋ねて来た。
「何があった。大丈夫って、何のことだ?」
「え?あれはスケさんの声じゃ?」
「いや、英語だったからてっきりカクかと……」
しかし二人は、はたと、ある事実に思い当たる。
いくら多国語を使うスケとカクでも、緊急時には一番口にし易い言葉が出るものである。
それは勿論母国語にほかならない。
「いや、それならドイツ語か?」
「ええ、そしてスケさんならイタリア語ですよね」
「じゃあさっきのは……」
上体を起こし、膝の手を腕組みに変えてスケは考える。
「この人物、じゃないですかね」
カクは切り取られた菊の鉢を指し示した。
正確にはその縁に刺されたネームプレート。
そこには『フレッド』と書かれていた。


「何が何なんだかさっぱりだな」
「そうですね」
田町邸からの帰り道。
スケは頭の後ろで手を組み、思い悩みながら歩いていた。
カクが思い出したようにスケに問いかける。
「ところで、電気は切れていましたか?」
「ん?ああ。小さなガソリン発電機が温室と家の間にあった。勿論オフになってたぜ」
「そうですか。ではお遣いは無事終了、ということですね」
「謎はまるっきり残ってるがな」
黙り込む二人。
パーツは色々見えて来ているが、二人にはどうにも組み立てられないのだ。
しばらく悩んだスケは、横目でカクの表情を探りながらつぶやいた。
「先生に報告してくれよ」
「……気が進みませんが、仕方ないですね。おそらく、気にされてるでしょうし」
意外とすんなり承諾が出たので、スケは少し驚いた。
駐車場まで戻ってきて、愛車に身体を滑り込ませる。
助手席のドアが閉められたのを確認すると、ナビに登録してある地点の一つをタッチした。
それは、深雪の勤める花屋の名前だった。

解決編に続く〜

  
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