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 ■■ 邂逅ランチタイム(カクの場合) ■■
自分の気持ちを伝えようとは考えていた。
けれどそれがあんなにいきなり来るとは思っていなかったので対応できなかった。
くやしい…
想定できなかった事か、その場で対応できなかった事か分からないが
とにかく自分に腹が立つ。
今度会った時には…きっと…

「志乃田の蕎麦が食べたいのぅ」
「ああ、いいですねー。あそこの天せいろは美味いですよね。」
移動中の車内、会長とスケさんがそんな会話を交わしている。
出前か
となると電話は俺の役目だな。社に戻る前に注文しておいた方が良いだろうか。
携帯の電話帳を確認する。うん、あった。大丈夫だ。
「カクさんは何にするかの?」
「私は…スケさんと同じ物で」
運転席の同僚と、後部座席の会長を見比べ、答える。
スケさんの選んだ物は基本的に美味しいからな。
会長は…イマイチよくわからない。なんでも「美味しい」と食べる。
イギリス人の味覚は信用ならない。
「じゃあ、天せいろだな。」
「わしは鴨とろろ蕎麦で。」
携帯を操作し、耳にあてる。

…話し中か
一旦、電話を切り時計を確認する。昼にはまだ早い、5分したら掛け直そう。
「話し中なので、またあとで掛けます。」
「ふむ。」
会長に簡単に報告し、姿勢を戻す。
単調な車の列。
暇だ。

彼女は何をしているだろうか。
くるくるとしたテディのような瞳が思い出される。
きっとニコニコしながら花束を作っているんだろうな。

昨日もいつも通りに花屋に行った。
毎日では無いが、会長が出かける時や贈り物をする時、特に指定が無ければ花屋に行く。
花を贈られて悪い気がする人はあまり居ないだろう、という推測に基づいてだ。
それにここに来れば…
「アツミハルトさんは…花はあまりお好きではないんですか?」
頼んだ花束と一緒に、彼女から質問が投げかけられた。
「え、花…ですか?」
何で急にそんな質問をされたんだろう。
花の扱いが悪かったかな…いや、日本語の意味の捉え方を間違ったかな?
花…は…
質問を反芻していると彼女は慌てて言葉を続けた。
「いえ、あの。いつもここにいらっしゃった時って、険しい表情をしているので、もしかして、と…」
う…
一瞬目の前が真っ暗になった。『けわしい』…
記憶違いでなければ、自分の望む表情とほぼ逆の状態だ。
望み通りになっていないとは予想していたが、そこまでとは…

笑顔でいたいと思っていた。
彼女の笑顔が心地よいから、自分も返したいと。
けれど、彼女の前にでるとどうしても緊張してしまう。
あの瞳に見つめられると、心臓のペースが狂って…
心音が彼女に聞こえてしまうのではないかといつも心配で…

「あー…花が嫌い、ではないです。…が…が?」
どう言ったら良いのだろう。
母国語でもこう云った事を伝えるのは難しいのに
限られた日本語の語彙で…
先延ばしにしないでしっかり考えておくべきだった。
これ以上無く後悔する。
だが、悔やんでも仕方ない。今、誤解の無いように伝えないと…
「険しい表情をしているように見えるのであれば…それは…」
「それは…?」
心臓が更に一段早くなる。
「それは、あなたがい…」
「カクくん。まだかしら?」
ーーーーー?!
背後から掛けられた声で一気に脳が冷えた。
「あっ…ゆみさん;」
「いらっしゃ…」
「ああ、いいんですのよ。カクを迎えに来ただけですから。」
なんでこんなタイミングで…
口まで出かかった非難の言葉を飲みこむ。
悪いのは俺だ。
会長に随伴して出かける時間まで間が無い事は知っていた。
彼女の質問にすんなり答えられなかったからこのタイミングになったのだ。
「カクくん、早く出発しないと遅れてしまうわよ。」
「す、すみません!今すぐに!」
「あ、これ!」
彼女が慌てて領収書を差し出す。俺は振り向いてそれを受け取った。
頭を下げる。
売買の終了における感謝と…
「ごめんなさい、質問が途中で…」
謝罪。
中断する事、そして、中断せずに全てを伝える技量が自分に無い事…
「いえいえ!それより、どうぞ急いで…」
心配するような表情で促され、俺は急いで車に向かった。
「すみません。」
弓さんに並び、短く謝る。
しかし…
「いくら急いでいるとは言え、あの話の入り方は感心できません。」
「時間厳守の君が『5分で済む』と言ったのに10分かかっていたからよ。…まあでもそうね」
パーティ用のメイクをした顔がからかうような表情をつくる。
「彼女に謝っておいて。一晩よーく台詞を考えてから、ね。」

見透かされている気がした。

「すみません、遅くなりました…」
助手席に乗りこみ、運転席のスケさんと後部座席の会長に謝りながらシートベルトを締める。
「ほっほっほ、大丈夫じゃろう。のう、スケさん?」
「ええ、カクの運転じゃないですからね。」
その言い方は…
「スケさん、日本の道路交通法では…」
「大丈夫大丈夫、ちゃーんとわかってるって。」
車が滑らかに走り出す。
「遅刻しないで済み、克つ、警官が取り締まらないギリギリの線が。」
思った通り、速度オーバー。
しかも、遅刻の話題を出して俺が口を出すのをしっかりと牽制している。
仕方なくメーターから視線を逸らし、窓の外に目をやる。
スケさんのこういう所は嫌いだ…
しかし、状況に応じた適切なコミュニケーション能力という点では、見習わねばならないとも思う。

スケさんだったら、すぐに答えられるんだろうか。
答えられるんだろうな。
参考までにどうするか聞きたい気もするが、そんな事を聞こうものなら
・散々からかわれた上に社内で言いふらされる
・即、自分が口説きに行く
どちらにしても、望ましくない。
「しかし良いもんだなぁ、バックミラーに美女が映るってのは♪」
スケさんが危なげな運転をしながらバックミラー越しに軽口を叩く。
本当に良くああいう台詞が出てくるなあ。
「ありがと、色男の運転手さん。」
弓さんは弓さんでさらりと受け流す。
特技は仏語と蹴り技。通訳としても有事の護衛としても有能。
今回はホストが仏語なので駆り出されたわけだ。
…じゃあ俺は来なくて良かったのでは無いだろうか…?
「明日からも会長につきませんか?カクと配属代わって。」
「そうすると、女性の入れない所ではスケくんが荒事も担当するのよ?」
「う…」
「ほっほっほっほ、それは心許ないのう。」
俺を除いた三人で軽い会話が続く。
やはり駄目だな、会話に加わる台詞も浮かばなければタイミングもわからない。
性格の問題だろう。
帰ってからゆっくり考えよう。

で、考えたけれど、あまり上手くまとまらなかったんだよなあ。
溜息をついて、ふと昼食の出前の事を思い出した。もう随分経っている。
リダイヤルの操作をし、再度携帯電話を耳にあてる。
…あれ。また話し中だ。
念の為、電話帳から呼び出してかけてみるが結果は同じ。
登録を間違えたか?
暫し考え、鞄の中からファイルを取り出す。
以前、何軒か出前の出来る店のメニューを入れておいたのだが、その中に…
あ、良かった入っていた。志乃田のメニュー。
営業時間と電話番号を確認する。番号は登録している物と同じだった。
定休日でもない。というか休みなら話し中にはならないか。
どうしたものか…
とりあえず現状を報告する。もしかしたら別の店に変えるかもしれない。
「直接店まで行けばいいだろ。」
本気か冗談か、そう言ったのはスケさんだった。
すっかり渋滞に捕まって動けないので機嫌が悪いようだ。
「おお、それはいいのう。」
本気か冗談か、会長もその意見に乗った。
そうなってしまうと、会長の口から制止が出ない限り、俺は動くしかない…
「…私ですか。」
「他に誰がいる?」
「ここから、ですよね。」
「そうじゃのう。」
俺は観念して荷物をまとめ始めた。

車の通れない道を突っ切って、目的の店に大分近づいたのだが…
見つからない。
日本の道はわかりにくい。標識が少ないし、名前の付いていない通りも多い。
それに
暑い…眩しい…キツイな日本の気候は…
上着は既に脱いでいるのだが、それでも暑い。
ちょっと木陰で休憩を兼ねて現在地の確認をするか。
そう思って通りの向こうに見えた公園に向かった。
と、その中のベンチに見覚えの有る姿。あれは…
「あ…み、深雪さんっ?」
ツイてる。
色んな意味でツイてるぞ、俺。
「こ、こんにちは…」
「こんにちは。すみません深雪さん、今お時間よろしいですか?」
とりあえずまずは目先の事をなんとかしたい。
「はい。何か…?」
「この住所、おわかりになりますか?」
志乃田の出前メニューを見せると彼女はこくりと頷いた。お。
「わかります。花の配達に行ったことがあります。」
やった!もう少し欲張ってみようか…
「すみません、もしよろしければ、そこへ連れて行って頂けませんか?」
「いいですよ。こっちです。」
やった!これで会長の件も解決するし…
しばらく一緒にいられる。

「あそこです。」
ろくに話もできない内に彼女は目的地を見つけた。
がっくり;
ビルとビルの間の細い路地。その指の示す先にはにいくつもの看板が有ったのだが…
「…どこですか?」
『志乃田』の文字が見つけられない。
「こっちです。これ、『志乃田』って字なんです。」
彼女が路地に入って一つの看板を直接示した。
「え…これが…」
看板を見て唸る。どう見ても、ただのぐにゃぐにゃの線。
深雪さんを疑う訳じゃないけれど、とりあえず中を見てみよう。
引き戸に手を伸ばし、ふとそこにかかっている札に気付いた。
えーと?
「あの…これはどういう意味ですか?」
何から何まで頼りっきりで恥ずかしいのだが、どうにも自分の日本語の語彙の中に無い単語だった。
『春夏冬中』
「これは簡単に言うと『営業中』です。」
「『春夏冬』で『えいぎょう』…ですか?」
「えーとそうじゃなくて…」
彼女の説明が始まるよりも早く、不意に中から戸が開いた。
「何だ何だ、店の前で!」
見覚えの有る男性が姿を現す。良かった、間違い無い。
「お?あんた確か…ミトさんとこの。」
「こんにちは。出前をお願いしたかったのですが電話が繋がらなくて。」
「あー、悪いねぇ。故障して交換してるとこだったんだよ。ま、こんな所じゃなんだ。中へ入りな。」
よし、これで会長のお使いは大丈夫だ。あとは…
「深雪さん、お時間まだ大丈夫でしょうか?」
「え。ええ、はい。」
深く深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
「よろしければ案内して頂いた御礼に、昼食をご馳走したいのですが。いかがですか?」
「あ、いえ。お礼なんてそんなのいいです!大した事じゃ有りませんし…」
…え。
手を左右に振り、拒否される。
「駄目ですか…?」
反射的に言葉が出てしまった。
「私がお誘いしては、深雪さんにとってご迷惑ですか?」
駄目なら駄目で仕方ないと頭で考えながらも、口からは未練がましい言葉が出る。
でも、もしこれでも断られたら…
「め、迷惑じゃないです!全然無いです!だから!だから…で…さい」
後半、良く聞き取れなかったけれど
迷惑じゃないとわかっただけで充分だ。
「ありがとうございます♪」
俺の言葉に彼女はわずかに間を置いて微笑んだ。

初めて会った時から、毎回毎回会う度に見ているけれども、彼女の笑顔はどうしてこうフワフワしているのだろう。
日本の商店はドイツよりも各段に愛想が良い。笑顔の店員も多いが…次元が違う。
お気に入りの毛布のような、暖かさと柔らかさと…離れ難さ…
このままずっといられれば良いのに…

会長に、注文を済ませた事、時間が合わなそうなので店で食べて帰る事などを連絡し、
彼女の向かいの席に座る。
「どうしますか?」
メニューを差し出し、尋ねる。
「オススメでお願いします…」
オススメ…俺もそう色々食べた事が有る訳じゃないんだけれど…
「そうですか?では、あたたかいのと冷たいのとどちらにしますか?」
「冷たいの、で。」
それならば…
「天せいろはどうですか?」
ちょっと反則気味。俺のオススメというよりスケさんのオススメだな…
でもまぁ、あの人の味覚の確かさは俺の判断だし。
「それでお願いします。」
あとは…出前では頼めなくて気になっていたものが…
「お酒とおつまみはどうしますか?」
社に帰るまでに抜けるだろう。
「いえ。食事だけで…お昼ですし…」
「そうですか?遠慮なさらずにどうぞ。」
「いえ、本当に」
無理に勧めても悪いので、結局
天せいろ2つと自分の分の蕎麦ビールに鶏わさを注文した。

話したいことは沢山有るが、まずはコレからだろう。
「昨日はすみませんでした。弓が失礼しまして…」
蕎麦ビールに鶏わさの乗ったテーブルを挟んで頭を下げる。
「ゆみ?」
「ええ、話の途中で割って入ってくるなんて。取引先のパーティに遅れそうだからといって、誉められた行為ではありません。」
彼女は特に怒った様子もなく小さく頷いた。
「それとですね…」
間をあけると緊張で話せなくなってしまいそうなので早々に切り上げ、次の話題を口に出す。
「途中になってしまった話ですけれど」
緊張が高まる。言葉の選択が正しいかとやけに気になる。
「すいません。自分では笑ってるつもりでいたのですが…その、どうしても緊張してしまって…」
と、それまでどうしていたのかわからないが、不意に正面から目が合った。
深い色の…くるくるした瞳…
真っ直ぐに見つめられ、頭の中で考えていた言葉が霧散する。
脈が急激に早まる。息が吸えな…
「す、すいません…ちょっと待っ…」
耐えきれず視線を外して、うつむく。落ち着け、落ち着け…
小さく深呼吸をして、呼吸を整える。
「すいません、本当に…;」
うわ、顔が熱い;
「あなたがいると…どうしても、つまり…情緒が制御できなくて…」
ああ、駄目だ。この感じだと、言い訳していたら、本題に辿りつく頃には話せなくなる…
何とか強引にでも話の取っ掛かりを…
「深雪さん…あの」
「はい?」
「天せいろお待たせしましたー。」
ガギギィッ☆
予期せぬ事態に椅子ごと後退る。いや、予期するべき事か…;
とは言え、結果的に気勢を殺がれ、恨みがましく天せいろを睨んでしまう。
「た、食べましょうか。」
とりあえず、蕎麦を勧める。
情けない話だが、ほんの数秒前の緊張感を取り戻せない;
はー…
ん。美味い。どんな気分の時でも美味い物は美味いんだなぁ…。
うん。
少し落ちついた。
また次の機会にしっかりと整理して伝えよう。

会計を済ませ店外に出ると、彼女が何やら慌てた様子で俺の前に立ち止まった。
「あ、あの、私、自分の分出しますっ;」
バッグから財布を取り出そうとする。
あれ、上手く伝わってないかな?
「これはお礼ですから、深雪さんは払わなくて良いんです。」
簡単に説明すると、彼女は頭を左右に振って困ったような表情で俺を見上げた。
「いえ、道案内しただけであんなに高いものおごってもらったら申し訳ないです;」
えーと…
とりあえずお金を出そうとする手を止め、説明を補足する。
「大丈夫です。金銭的損害を回避できた相応の報酬ですよ。つまり、出前が間に合わなかったら会長が機嫌を損ねて、給料や賞与が減ります。それを回避出来たのですから、道案内の効果は大きいです。」
事実である。俺やスケさんの給与の査定は会長にかかっているのだ。
彼女は少し考えると瞳をクルクルさせて微笑んだ。
「じゃあ、今度は私がお誘いします。えっと、今日、暇で仕方なかった昼休みを回避させてもらいましたから。」
「いや、それは…」
「私がお誘いしたら迷惑ですか?」
そっ
「そんな事ありませんっ!喜んでお受けします!」

「只今戻りました。」
秘書室に入ると、デスクで雑誌を読んでいたスケさんが顔を上げた。
「おー。お疲…」
言葉の途中で眉をひそめる。
「カク…何かあったか?」
え;
心臓が跳ねあがる。
この一瞬で、深雪さんと食事した事が見抜かれた?!
「いえ…特に…」
驚きと焦りで言葉が詰まる。
その間にスケさんはツカツカと俺の目の前まで迫っていた。
正面から睨み上げられる。
クン…
息を吸う音が聞こえたと思った次の瞬間、丸められた雑誌が斜め下から側頭部を狙っているのが見えた。
動揺が反応を鈍らせる。防御が間に合わない…;
スパーン!
「Autsch;」
「お前、外でビール飲んできたな!」
あぁっ、そっちかっ!!
「珍しく機嫌の良い顔してると思ったら…いつ運転するかわからないから呑むなって言ってるだろっ!あと、汗臭いっ!」
「す、すみませんっ;」
その後しばらく、雑誌で叩かれながら小言をくらった。
でもまぁ
収支で言えば、大きくプラスだな。
そんな事を考えながら、俺は午後の仕事の準備を始めた。

〜終〜
  
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