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 ■■ スケさんとご隠居の話 ■■ 
「うおっ!あっち!」
涼しいビルの中から日の照りつける歩道へと出た瞬間、スケは素直にそう口に出した。
「今日は日差しが強いのう」
ミツクニスがちらりと空を眺める。
いつもの帽子を被ってはいるが、キッチリとスーツも着こんでいるので、誰がどう見ても暑そうである。
「会長、早くお車へ……」
足をとめたミツクニスをカクが誘導しようとするが、ミツクニスはポンと手を打ち秘書達の想定に無いことを言い出した。
「そうじゃ。アイスクリームを食べに行こう」
「はい?!」
「アイス……ですか」
「左様。暑い道を歩けば、旨いアイスに巡り合えるじゃろう」
そして嬉しそうにミツクニスは駐車場とは逆の方に向けて歩き始めた。
「確かこちらに店があったはずじゃ」
「ああ、グラニータ(※)がある店ですね、二つ向こうの角をちょっと行った所ですよ」
(※イタリアのシャーベットのような氷菓)
スケは既に日傘を広げ、ミツクニスに差しかけている。
カクはこの後のスケジュールを調べていたが、幸い後は帰社するだけだったので、数歩先を歩く二人に急いで追いついた。
「しかし暑いなぁ、店まで歩くのも……あ」
スケはミツクニスの方を向いて、今思いついたことを提案した。
「俺、店に車回します。帰りは暑い思いしなくてもいいですよね、会長」
「そうじゃのう、では頼むかの」
「はい……はい」
最初のはいはミツクニスに対する返事、二回目のはいはカクに傘を渡した声である。
手が空いたスケはくるりと踵を返し、本来の目的地であった駐車場に向かって行った。
「ちょ、ちょっとスケさん!」
「まあいいじゃろ。ここは日本じゃし」
ボディーガードが護衛対象の傍を離れるとは何事だ、と言いたげなカクだったが、ミツクニスは先廻りしてそれをなだめた。
「それに、二人だけの方が面白いこともあるものじゃぞ?」
「面白いこと……ですか?」
「左様。例えば、昔話とかの」
「はあ」
不思議そうな表情を浮かべるカクの横を、いつもどおりゆったりとミツクニスは歩き始めた。
「昔、ウッソ・マッカという男がおっての。彼を正式に雇い入れたのもこんな風に暑い夏の日じゃった」
「ウッソ…」
「ウッソはイタリア人での、新人なのにずば抜けて営業成績がよいと実に評判じゃった。ミラノにあるミトーファイナンスイタリィに私が立ち寄った際に、支社長が是非顔合わせをと連れて来たのじゃ」
カクは嬉しげに話すミツクニスの話を静かに聞いていた。
何となく、面白そうな話だと思ったのだ。
何となく……

ミツクニスはその日もいつもの微笑みを湛え、イタリィ支社長とウッソという青年の前でソファーに座っていた。
「いやあ、彼は実に優秀ですよ、会長。イタリィでも五指に入る人材でしょう」
「それは僥倖……いや、君の人徳かのう」
「なんと、ありがとうございます。お陰様でイタリィは安泰です」
ウッソはそんなやり取りを涼やかな笑顔で聞いていた。
サラサラの金髪に透き通る緑色の目は、エメラルドというよりもペリドット、もしくは若いオリーブを連想させるものだった。
「会長、そろそろ……」
秘書の弓がミツクニスの耳元に言葉を投げかける。
以降のスケジュールにそろそろ影響が出るタイミングなのだろう。
いつものミツクニスなら、すぐにそうじゃのと言って立ち上がるところだった。
しかし、この日は弓の方を見て、いつもより深い笑みを見せると(これも弓だから分かる程度の差でしかないが)こう言った。
「少し、この辺りの観光がしたいのじゃが、構わんかの?」
「……畏まりました」
頭を下げた弓は、その場から一歩下がると持っていた大きな手帳を開き、さらさらと何かを書きこみ始めた。
「観光ですか、でしたらこのウッソ君に案内させましょう。構わないね?」
支社長の後半の言葉は勿論ウッソに対しての問いかけだった。
「勿論です。何処でもご案内いたしますよ」
ウッソはすぐに立ち上がった。
「ではお願いしようかの」

その日は特に気温が高く、ミツクニスはいつもの姿をしており、つまりいつも通り暑そうに見えた。
ウッソは何処からか調達してきた日傘をミツクニスに差しかけ、ミツクニスの歩調に合わせて歩いている。
弓は先程から全く変わらない表情で、目の前の二人を見ていた。
(……悪くは、ないわね)
「もう少し先に、オススメのジェラテリーアがありますから、そこで名物のピスタチオのジェラートを召し上がって下さい」
「ほう、それは楽しみじゃの」
二人の会話は楽しげに続く。
「会長、今日は暑くないですか?よろしければスーツ、お持ちしますよ」
「いや結構。こう見えて涼しいスーツなんじゃ。おお、そういえばこの辺りじゃったかのう、弓さんや」
「はい、寄られますか?」
「そうしよう」
秘書との会話から、どこかへ寄る予定があるのだとウッソは理解した。
そして、すぐに立ち止まったミツクニスに、何よりその向った店に驚かされるのである。
「ここじゃ。入るかの」
「え、あの、ここは……」
何かを言いかけたウッソの目の前を、素早く弓が横切りドアを押しあける。
そこは服のセレクトショップだった。
「このスーツはここで手に入れたのじゃよ。お久しぶりですの、ご主人」
「これはこれは、ミツクニス様」
店主と思われる男性は、入ってきたミツクニスと弓に頭を下げた。
そして、こっそりと一緒に入ってきたウッソを見て、驚きの表情を見せた。
「どうされました?」
聞き返す弓に、店主の方が質問をかける。
「いや……こいつは?」
「彼は弊社の新人で、ウッソ・マッカ。近辺の案内を受けていたところですが……」
「ウッソ?どういうことだ、スケサヴァンニ!」
実にばつが悪そうにしているウッソ。
弓は静かにウッソの様子を観察していた。
「こいつはウッソ・マッカではなく、スケサヴァンニ・ササキエッティ。私の息子ですよ」
「あら……」
弓のため息にも似た言葉を境に、室内から音が無くなる。
表を走る車の騒音がいつもより大きくに聞こえてくるようだった。
父の視線は心底の疑問と少々の怒気を含んでいた。
弓は、今投げかけているスケの視線さえ吸い込んでしまうのではと思われるほど、ただただ自分の様子を探っているようだった。
そして、ミツクニスは……いつも通り微笑んでいた。
自分を見つめる三人の視線をそれぞれしっかり見て、ウッソもといスケは、大きく深呼吸をした。
「失礼しました、会長。ご迷惑をかけるつもりは、無かったんですよ。……これでも」
スケはミツクニスに向かって手を差し出した。
「私はここにいますし、何処にも逃げません。命令があれば財務警察にも出向きます。急に殴りこまれるのは、出来れば勘弁してもらいたいですが……」
スケは別れの握手のつもりだったのだが、ミツクニスはその手に意外なものを渡した。
「おお、そうじゃったのう」
ふわりとスケの手に載せられるミツクニスの帽子。
「室内では帽子は取るのが礼儀じゃのう」
「え?」
突然のことにスケは随分と困惑の表情を見せたらしい。
「色男が台無しじゃの」
ミツクニスのつぶやきに、思わずスケは顔を赤くした。
くるりと振り返ったミツクニスは店主にこう言った。
「すいませんな、ご主人。今日は実はご挨拶に参上しまして」
「挨拶……ですか?」
「ええ、御子息には私の秘書として働いてもらうことになったのです。立場上、忍びの出張も多いので、偽名を使わせておりました」
これにはあの弓ですら一瞬驚いた。
しかし他の二人がもっと驚いていたので、気付かれることなくすぐにいつもの表情に戻ったのだが。
「日本への転勤を余儀なくさせてしまい、非常に心苦しいのですが、向こうでの生活にはしっかりと責任を持ちますので、ご安心下され」
「は、はあ……」
驚いたというより、茫然とした様子で頷く店主。
「では、スケサヴァンニ君、行きましょうか」
「え?あ、はい」
ミツクニスはスケから帽子を受け取ると、にこやかに店主に礼をして店を後にした。

「さて、アイスクリームショップはどちらかの?」
いつも通りの微笑みでミツクニスはそう言った。
来る時と同じように、日傘をさしかけてもらいながら、弓を後ろに従えて。
唯一変わっているのは隣の部下の名前くらいで、二人の歩調は変わらない。
「これでよろしいのですか?」
後ろから聞えてくる弓の言葉に、ミツクニスは頷くことで答える。
「まったく、冷や冷やしましたよ……久しぶりに」
「おや、弓君はアイスクリームがいらなくなったかな?」
「いいえ!三人分程頂かなければ収まりません」
「なるほど。だそうじゃよ、ウッソ君」
「あはは。大丈夫です。ご案内する店のリモーネはそれこそ何人分だって食べられる軽さですから。お財布にも優しい設定ですしね」
「ほう」
ミツクニスは嬉しそうにスケの方を見上げた。
「何杯でもご馳走しますよ。あ、そのかわり、日本の美味しいジェラテリーアを教えて下さいね」
「……調査しておきましょう」
弓の初めて見せる笑顔に、スケは満足そうに笑った。


「とまあそんなことがあったんじゃよ」
「ええと……私の理解を完全に超えている話なのですが……結局スケさんは、何がどうなったのですか?」
「簡単に言うとの、偽名を使って不正に入社しておったのじゃよ」
それを聞いたカクはもはや返す言葉を失っていた。
「スケさんも、まさかわし等が己に会いに来ておるとは思っていなかったそうじゃ」
「え?そうだったんですか?」
「うむ、弓と目が合ったあたりで気づいた、と言っておったがの」
「はあ……」
目当てのアイスクリームショップは目の前に来ている。
そして、店の入り口には女性二人に声をかける同僚の姿が。
「会長。どうしましょうか」
「……ウッソ君、とでも呼んでやるかの」
「そうしましょう」
ミツクニスとカクは、嬉しそうに微笑んだ。

〜終〜
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